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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)262号 判決

一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

二 右当事者間に争いのない本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一ないし四(以下、これらを総称して「本願明細書」という。)を総合すれば、本願発明は電子写真複写機におけるトナー像転写に用いられる転写用紙に関する発明であること(なお本願発明が前提とする電子写真複写機が感光ドラム等の感光体上に形成したトナー像を紙に転写し、その後加熱によりこれを定着せしめる方式のものであることは当事者間に争いがない。)、かかる電子写真転写用紙にはその用途に対する適性(複写時の用紙の走行性、コピー質、画像の定着性等)が要求されるが、従来は右適性を満足するものとして化学パルプ一〇〇パーセントからなる上質紙と総称される用紙が用いられてきたこと、本願発明の発明者は、複写コストの低減化を図るため、高収率パルプ(グランドパルプ、ケミグランドパルプ、リフアイナーグランドパルプ等)を含有する紙、すなわち中質紙を複写用紙として用いることを企図し、そのための研究の結果、中質紙を電子写真転写用紙として用いるうえで障害をなす主な問題点が、中質紙が上質紙よりも多量のヘミセルロースを含有するため吸湿性に富み水分含有率が高いこと(製品時において水分含有率六・五ないし八パーセント)、すなわち、これに起因するカールの増大や剛度の不足が紙詰りや用紙排出トレイ集積不良等のトラブルを招く点にあることを見出し、かつ、その解決手段として単に中質紙の水分含有率を低下させるだけでは紙の表面電気抵抗値が高くなつてしまい、給紙時に用紙が二枚以上送られるいわゆる重送、感光体からの用紙の剥離不良、トナーの部分的な飛散によるコピー質不良等のトラブルの原因となるとの認識から、前記本願発明の要旨のとおりの構成、すなわち、中質紙(本願発明では、経済性等の観点から高収率パルプを二〇パーセント以上含有するものとしている。)の水分含有率を製品時において前記通常のものより少ない二・五ないし六・五パーセントに限定するとともに、導電剤を添加して表面電気抵抗値をJIS P 8111の測定条件下で1.0×109ないし1.0×1011Ωに調製したものに限定することにより、中質紙を複写用紙として用いる場合の障害を解消し、殊に複写機内での用紙の走行特性の改良により、中質紙に転写用紙としての適性を付与することに成功したものであることが認められる(なお、右作用効果は本願明細書の表―3により裏付けられているところである。)。

そして右事実に、成立に争いのない甲第一〇号証(本願出願後である昭和五四年一〇月二二日出願に係る発明の公開特許公報)の「近年複写の需要はますます増加している。そこで本発明者らは、省資源等の立場から電子写真用紙として中質紙が使用できないかと考えた。けれども従来の中質紙は白色度が低いことおよび一般に多量の填料が内添されているために剛度が低く、これを電子写真用紙として使用することができなかつた。」との記載(明細書(2)頁一七行ないし(3)頁三行)並びに成立に争いのない甲第八号証(本願出願前である昭和五二年七月一二日出願に係る発明の公開特許公報)及び同第九号証(本願出願前である同月二二日出願に係る発明の公開特許公報)に「一般の転写紙(通常の上質紙)」(甲第八号証二五四頁左上欄二〇行)、「転写紙(一般の上質紙)」(甲第九号証一六三頁左欄下から八行ないし七行)との記載があることをも参酌すれば、中質紙はそのままでは電子写真転写用紙としての適性に欠けるため、本願出願前には一般に右用途に用いられることのなかつたことが窺われるとともに、本願発明は、このような中質紙に電子写真転写用紙としての適性を付与することを目的として、中質紙が転写用紙としての適性に欠ける原因を解明し、その知見に基づき、前記本願発明の要旨のとおりの構成、殊にその水分含有率及び表面電気抵抗値を同要旨のとおりに限定する構成を採択したことにより、中質紙の電子写真転写用紙としての実用的使用を可能にした点にその特徴を有するということができる。

三 取消事由に対する判断

1 取消事由(1)について

(一) まず、本願発明の水分含有率の規定が特異なものではないとした審決の認定判断の当否について検討する。

前記二の認定説示からも明らかなとおり、本願発明は、そのままでは電子写真転写用紙としての適性に欠けるため従来は一般に該用途に用いられることのなかつた中質紙に電子写真転写用紙としての適性を付与するためにはどのようにすればよいかという観点から、その製品時の水分含有率を通常よりも少ないものに限定することにより、後に検討する表面電気抵抗値に関する限定と相俟つて、その電子写真転写用紙としての実用的使用を可能にしたものである。しかして、審決は前記認定判断の理由として、第一引用例中の湿度と平衡した含有水分パーセントよりも低い含有水分パーセントで紙を抄造するとの記載及び第二引用例中の紙の製造時の含有水分を五ないし五・五パーセントにするとの記載を援用しているところ(各引用例に右のような記載があることは当事者間に争いがない。)、成立に争いのない甲第六号証(第一引用例)によれば、前者の記載は、「六〇~七〇%R.Hと平衡した水分%の紙を抄造すれば問題ないが、一般にはそれより少な目の水分%で紙を抄いたほうが操業しやすいので、普通抄紙機を出た紙は水分が少ないことが多い。このような紙の巻取りを長時間大気中に放置しても急には期待量まで吸湿してくれず、人工的に加湿しようとすれば前述の如く大量の水を与えなければならず、実際には抄紙後に加湿するのはかなりめんどうである。」(二二八頁下から九行ないし四行)との記載に基づくものであることが認められ、これによれば、同記載は、紙一般の抄造工程における操業のしやすさの観点から、抄紙機を出た段階の紙の水分含有率を環境湿度に平衡した水分含有率よりも低目にすることがあることを示すものにすぎず、しかも、その場合でも環境湿度と平衡した水分含有率の紙であることが望ましいため、その後加湿の必要があるとしているのであるから、これが本願発明における中質紙に電子写真転写用紙としての適性を付与するという課題や水分含有率の具体的構成等を何ら示唆するものでないことは明らかである。また、後者の記載も、成立に争いのない甲第三号証(第二引用例)によれば、紙の抄造工程の詳細及び同工程における水分含有率の推移を記載した図面から摘示されたものであることが認められるところ、右にいう紙が上質紙に限定されるか否かの点はともかく、同記載が紙の抄造の最終工程における水分含有率が五ないし五・五パーセントであることを一般的に示すものにすぎないことは明らかであつて、かかる記載から直ちに、中質紙に電子写真転写用紙としての適性を付与するという課題の下に製品時の水分含有率を限定した本願発明の構成を導き得るものではない。

この点に関し、被告は、紙の剛度やカール性等は水分含有率により変化するものであるから、各引用例を参考にして、中質紙を電子写真転写用紙として用いた場合に支障を来たさないような水分含有率を選択することは適宜なし得る常套手段にすぎない旨主張するが、これらの引用例が本願発明の課題、構成等を何ら示唆するものでないこと前記のとおりである以上、他にその点を示す公知の技術の存在が示されそれとの比較検討を経たうえでなければ、本願発明の含有水分率の決定を容易になし得たものとすることはできない。そして、第二周知例に電子写真転写用紙において含有水分を減少させてから複写をすることによつてコピー後のカールを少なくする点の記載があることは当事者間に争いがないところであるが、成立に争いのない甲第五号証(第二周知例、本願出願前である昭和四八年九月二〇日出願に係る発明の公開特許公報にはその前提とする電子写真転写用紙が中質紙であるとする記載はなく、前記二で認定したとおり本願出願前は中質紙が電子写真転写用紙として用いられることがなかつたと認められることに照らせば、同周知例記載の電子写真転写用紙は中質紙を前提とするものではないことが窺われ、かつ、右証拠によれば、同周知例は電子写真転写用紙の含有水分の低下がカールの減少につながることを単に一般的に記載したものにすぎないことが認められるから、かかる記載から直ちに本願発明の水分含有率に関する具体的限定が導かれるものでないことは明らかであり、他に本願発明の限定する水分含有率をもつて適宜選択し得る事項と解すべき証拠もない。そうであれば、被告の主張は単なる一般論にすぎず、採用の限りでない。また、被告は、成立に争いのない乙第二号証の「入荷したばかりの上質紙・中質紙・ザラ紙を、以上のような方法で測定すると、RH(相対湿度)15~40%ぐらいのものが多い。含水量はおそらく3~5・5%ぐらいのものと思う。」(一五三頁九行ないし一〇行)との記載を援用することにより、本願発明の水分含有率が特異なものではないとも主張しているが、右記載は、水分含有率の点でそれぞれ異なる各紙につき一括して(なお、同一の環境条件下でも紙の種類によつて水分含有率が異なることは、前掲甲第五号証の二二五頁第一二―一図からも明らかである。)、しかも推測を記載したものにすぎないことがその記載自体から明らかであるから、右記載をもつて、本願発明の規定する水分含有率が通常のものと異ならないと解すべき根拠とすることはできない。

そうであれば、第一、第二引用例等から本願発明における水分含有率に関する規定が格別のものではないとした審決の認定判断は誤りといわざるを得ない。

(二) 次に、本願発明の表面電気抵抗値に関する規定が従前のものと格別異なるものではないとした審決の認定判断について検討する。

前記二の認定事実によれば、本願発明における表面電気抵抗値の限定は、前記のように、中質紙に電子写真転写用紙としての適性を付与するためにその製品時の水分含有率を減少させたことに伴い、そのままでは紙の表面電気抵抗値が増大し(紙の水分含有率と表面電気抵抗値が逆比例の関係にあることが周知であることは当事者間に争いがない。)、転写用紙の重送等の様々のトラブルの原因になるところから、導電剤を添加してこれを低減させることでその不都合を避けようとしたものであることは明らかであり、その意味では、本願発明における表面電気抵抗値(JIS P 8111の測定条件下での値)の限定は、水分含有率の限定との関係から必要となつたものと認められる。そして、電子写真転写用紙に導電剤を含有させること自体は第一周知例に記載されていることが当事者間に争いがなく、また、成立に争いのない甲第四号証(第一周知例)によれば、導電剤は表面電気抵抗値を低下させるものであることが認められるとはいえ、本願発明における導電剤の添加は、前記のように中質紙の水分含有率を低下させたことにより初めて必要となつたものであり、かつ、本願明細書(前掲甲第二号証の一)の表―3に徴すれば、両者の要件が揃つて初めて本願発明の所期の作用効果を奏し得るものであることは明らかであるから、当然ながら、その推考容易性は、中質紙の水分含有率を低下させたこととの関連で考慮されるべきであるところ、この点に関する審決の認定判断はそのような考慮を全く欠いている点で既に誤りであるといわざるを得ない。

この点に関し、被告は、成立に争いのない乙第一号証の記載を援用して本願発明の表面電気抵抗値が格別のものではない旨主張しているが、右乙第一号証(本願出願前である昭和五三年六月一三日出願に係る発明の公開特許公報)にはその前提とする電子写真転写用紙が中質紙であるとの記載はなく、先に甲第五号証について述べたのと同様の理由により(三1(二))、被告指摘の表面固有抵抗値の記載は中質紙に係るものでないことが窺われるところ、本願発明の表面電気抵抗値の数値は、前記のとおり、中質紙に電子写真転写用紙としての適性を付与するために水分含有率との関連で選択、決定されたものである以上、たとい両者の数値の間にさほどの差異が認められないとしても、そのことのみで、被告主張のように本願発明の表面電気抵抗値をもつて格別のものでないとすることはできない。

(三) そして、以上によれば、本願発明の水分含有率と表面電気抵抗値の組合せに格別の意味がない旨の審決の認定判断も誤りであることは明らかであり、更に、中質紙の電子写真転写用紙としての使用が第一引用例から適宜なし得ることにすぎないとした審決の判断も相当でないというべきである。審決が指摘するように、前掲甲第六号証によれば、第一引用例には、高収率パルプの用途として新聞用紙、印刷用紙、筆記用紙、衛生紙などの原料が挙げられ、しかも多量に右用途に供せられていることが記載されていることが認められるが、高収率パルプ又はこれを含有する紙(中質紙)の用途として右のようなものがあるとしても、前記二認定のように、本願出願前には、電子写真転写用紙としては一般に上質紙が用いられ、中質紙は該用途には不適切であるとして用いられなかつた事実が窺われる以上、右のような第一引用例の記載のみから直ちに、電子写真転写用紙として、従来用いられてきた上質紙に代えて中質紙を用いることに想到することが容易であると即断することはできない。この点に関し、被告は、電子写真転写用紙への中質紙の適用に関する審決の指摘は、中質紙がそのままで電子写真転写用紙として用い得るとしたものではなく、中質紙を電子写真転写用紙として用いる場合の問題点及びその解決手段を別論としたうえで、中質紙を単に電子写真転写用紙として使用することは適宜なし得るとしたのみである旨主張するが、特定の発明の構成に想到することの容易性を検討するに際し、該構成の採用に伴う問題点やこれに対する解決手段を抜きにして、その容易性を論じてみても無意味であり、かかる点をも含めてこれを示唆する先行技術のみられない限り、これを容易と断ずることはできない。

(四) 以上のとおり、審決は要するに、本願発明が課題とする中質紙に対する電子写真転写用紙としての適性の付与及びそのための解決手段等について何ら示唆するところのない引用例等に基づいて本願発明の構成が格別のものではないとしたものであつて、その認定判断は到底是認できないというほかないから、原告主張の取消事由(1)は理由がある。

2 取消事由(2)について

審決は本願発明の作用効果が前記当事者間に争いのない審決摘示の第一、第二周知例の記載から予測し得るところにすぎないとしている。しかし、前記認定のとおり、右各記載はいずれも中質紙について記載されたものとは認められず、またいずれも一般論として述べられたものにすぎないところ(以上の点は、第二周知例については前記三1(二)に説示したとおりであり、第一周知例についても、本願出願前である昭和四八年四月四日出願に係る発明の公開特許公報である甲第四号証の記載内容及び前記二において認定した本願出願前には中質紙は一般に電子写真転写用紙として使用されていなかつたとの事実に徴し明らかである。)、かかる記載から、本願発明が、従来電子写真転写用紙としての適性に欠けるため該用途に用いられることのなかつた中質紙について、その水分含有率及び表面電気抵抗値を前記当事者間に争いのない本願発明の要旨のとおりに限定することにより中質紙の電子写真転写用紙としての実用的使用を可能にした点の作用効果が直ちに予測し得るとはいえないから、この点に関する審決の認定判断も正当とはいえない。

3 そうであれば、原告主張の取消事由(1)、(2)はいずれも理由があり、かつ、この点に関する認定判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすべきことが明らかであるから、審決は違法として取り消されるべきである。

四 よつて、原告の本訴請求を認容する。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

用紙パルプ全量の二〇パーセント以上の高収率パルプ及び導電剤を含有してなり、製品時の含有水分を二・五ないし六・五パーセントとした用紙であつて、JHS P 8111の測定条件における表面電気抵抗が1.0×109ないし1.0×1011Ωである電子写真転写用紙。

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